福岡地方裁判所 昭和62年(わ)1156号 判決 1988年4月15日
主文
被告人甲野一郎を無期懲役及び罰金五〇〇万円に、被告人甲山二郎を懲役一五年及び罰金五〇〇万円に処する。
被告人両名に対し、未決勾留日数中各二二〇日をそれぞれの懲役刑に算入する。
被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、いずれも金一万円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
被告人両名から、福岡地方検察庁で保管中の覚せい剤二四九袋(昭和六二年福岡領第一二三三号の7ないし14、17ないし24、27ないし34、37ないし42、45ないし50、53ないし58、61ないし66、69ないし74、77ないし82、85ないし90、93ないし98、101ないし106、109ないし114、117ないし122、125ないし130、133ないし138、141ないし146、149ないし154、157ないし162、164、165、167ないし190、195ないし214、216ないし235、237ないし256、258ないし277、287ないし294、298ないし303、305、307ないし310及び312ないし315)並びに鹿児島県熊毛郡屋久町安房新港に係留保管中の第三かささ丸(但し、発電機(BSWT二一五)を含む電気殺魚装置、魚群探知機(発受信機部分を含む。)及び補機関(機械番号二一〇二三八)を除く。昭和六二年福岡領第二五三〇号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯等)
被告人甲野一郎は、ゲーム機製造及び販売を業務とする会社を営む者、被告人甲山二郎は漁業を営む者であるが、被告人甲野は、かねてから暴力団道仁会○○一家内△△組幹部組員A(以下、「A」という。)らと交際があり、同組の行つていた台湾からの鯨肉の密輸入にも関係するうちに、昭和六〇年一二月ころ台湾側の関係者Cから船舶を利用した大量の覚せい剤の密輸入をもちかけられ、覚せい剤密売を主な資金源としていた△△組組長B(以下、「B」という。)に話を通じたところ、漁船を利用して海上で大量の覚せい剤の受け渡しをする方法で密輸入し、これを国内で売り捌いて利得を図ることとなり、Bが資金を提供して統括し、被告人甲野が相手側のC、Dとの交渉、打ち合わせ等を担当し、Aが主として国内の売り捌きに従事するなどの役割分担のもとに、一キログラム当たり一二〇万円前後で密輸入した覚せい剤を二三〇万円前後で売却して利益を得ていたが、台湾船から海上での受領を含む密輸入の実行を担当していたEの行動に不安を抱くなどしたことから、B及び被告人甲野は、右Eをはずし、そのかわりに、被告人甲野と親交がありBとも交際があつて漁船第三かささ丸(総トン数10.08トン)を所有している被告人甲山に右の役割を担当させることとし、昭和六一年九月ころその旨同被告人に話したところ、同被告人も、当時人工漁礁漁法に失敗して借金の返済に窮していたことから、これを承諾し、覚せい剤一キログラムあたり一〇万円の報酬でこれに従事することになり、同被告人は同年一〇月末ころ右第三かささ丸により台湾船億昇財から海上で覚せい剤約一二〇キログラムを受け取り、これを密輸入したが、同年一一月一三日、被告人甲野は、被告人甲山とともに、Bの指示で右密輸入にかかる覚せい剤の残代金の支払いのために台湾に赴き、C、Dと会つた際、同人らから次回は前回を上回る二〇〇キログラム位の取引をしたい旨の申入れを受け、更に被告人甲野は、同年一二月一四日ころ、来日したCと福岡市博多区博多駅中央街所在のホテルクリオコート博多で会い、同人から二五〇キログラムの取引の申出を受けるや、沖縄県石垣市のパティオ石垣五〇八号に滞在していたBに電話でこれを伝えて指示を仰ぎ、BはAと電話で相談のうえその賛同を得て右取引を行うよう被告人甲野に指示し、これを受けた同被告人は、Cとの間で、受渡場所については後記悪石島付近海上とすること、覚せい剤を積んだ前記漁船億昇財は台湾の高雄港を同月二〇日ころ出航し悪石島付近での受渡しは同月二六日ころになること、その他受渡方法等についても打ち合わせを整えたうえ、そのころ、被告人甲山に対してもその結果を伝え、同被告人もこれを了承して、ここに、B、A、被告人甲野、被告人甲山、C、Dらとの間に覚せい剤約二五〇キログラムの密輸入についての共謀が成立し、被告人甲山は、同月二四日屋久島に赴いた被告人甲野から更に詳しい打ち合わせを受けたうえ、同月二六日午前一一時ころ、覚せい剤の引渡しを受けるため屋久島の安房港を出航した。
(罪となるべき事実)
被告人甲野及び被告人甲山は、いずれも営利の目的をもつて、
第一 同じく営利の目的を有するB、A、C、Dらと右のとおり共謀のうえ、昭和六一年一二月二七日午前九時三〇分ころ、鹿児島県鹿児島郡十島村大字悪石島南方約八キロメートル付近海上において、台湾高雄港から漁船億昇財に積み込んできた覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶約243.931キログラム(主文掲記の覚せい剤二四九袋は一部鑑定に使用した残量)を右漁船第三かささ丸(昭和六二年福岡領第二五三〇号の1)に積み替え、いつたん同県熊毛郡屋久町安房港に入港のうえ、同日午後六時三〇分ころ、同郡屋久町船行字桑野田代浜の沖合約三〇〇メートル付近海上で、密輸入につき情を知らないFの操縦する漁船なつき丸にこれを積み替えて、同人をして同郡上屋久町楠川字中町六九番地の地先の税関及び保税地域の設けられていない楠川港に入港させ、同日午後七時三〇分ころ、同港岸壁において、同人及び密輸入につき同様情を知らないGをして、税関長の許可を受けないでこれを陸揚げさせ、もつて、覚せい剤を輸入するとともに、税関長の許可を受けないで貨物を輸入し、
第二 同じく営利の目的を有するB、A及び営利の目的を有せずかつ覚せい剤原料と認識していた右Gと共謀のうえ、Gにおいて、同日午後七時三〇分ころ、右楠川港岸壁において、密輸入にかかる右覚せい剤全部をGの普通乗用自動車(ワゴン車)に積み込み所持したうえ、これを同町宮之浦二四七六番地二六所在の扶桑工業資材置場倉庫に運び込んで右倉庫内に隠匿し、更に昭和六二年一月一四日、これを右車両に積み込んで、同日午後八時三〇分ころ、同郡屋久町安房字新次山四一〇番地の一七一所在の被告人甲山所有の倉庫前まで運び、もつて、以上の間右覚せい剤を所持したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人両名の判示第一の所為中覚せい剤取締法違反の点は、それぞれ覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条、刑法六〇条に、関税法違反の点は、それぞれ関税法一一一条一項、刑法六〇条に、判示第二の所為は、それぞれ覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項、刑法六〇条に該当するところ、右第一については、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪としていずれも重い覚せい剤取締法違反の罪の刑により処断し、右第一の罪につき、被告人甲野一郎については無期懲役刑及び罰金刑の併科を、被告人甲山二郎については有期懲役刑及び罰金刑の併科を、同第二の罪については各被告人につき懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、各被告人の以上の罪は同法四五条前段の併合罪であるが、被告人甲野一郎については右第一の罪につき無期懲役に処すべき場合であるから同法四六条二項本文により右第二の懲役刑を科せず、罰金刑については同項但書、同法四八条二項により右各罪につき定める金額を合算した金額の範囲内で、同被告人を無期懲役及び罰金五〇〇万円に処し、被告人甲山二郎については、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期、罰金刑については同法四八条二項により右各罪につき定める金額を合算した金額の各範囲内で、同被告人を懲役一五年及び罰金五〇〇万円に処し、いずれも同法二一条を適用して、被告人両名に対し未決勾留日数中各二二〇日をそれぞれの懲役刑に算入し、いずれも同法一八条を適用して、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、いずれも金一万円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、主文掲記の覚せい剤二四九袋は判示各覚せい剤取締法違反の犯行に係る覚せい剤で犯人の所有する物であり、かつ判示第一の関税法違反の犯罪に係る貨物であるから、覚せい剤取締法四一条の六本文及び関税法一一八条一項本文(三項一号ロ)により、また、主文掲記の船舶(但し、発電機(BSWT二一五)を含む電気殺魚装置、魚群探知機(発受信機部分を含む。)、補機関(機械番号二一〇二三八)を除く。)は、判示第一の関税法違反の犯罪行為の用に供した船舶であるから、同法一一八条一項本文により、いずれも被告人両名から没収することとする。
(没収についての補足説明)
被告人甲山は、第三かささ丸に設置されている物のうち、(1)犯行後船室内に取り付けた舵を操作するための装置であるラット、(2)犯行後に取り付けたいわゆる「しいら殺し」(電気で魚をショック死させる発電機付き装置)、(3)犯行後取り替えた魚群探知機及び魚探マグロ(発受信機部分)、(4)犯行後第三者から借り受けて設置した「補機」(散水機や空気を水槽に送る装置のポンプを作動させる機関、船舶の主機関に対する補機関。)については、没収されるべきではないと主張する。そこで検討すると、同被告人の当公判廷における供述、司法警察員外一名作成の実況見分調書(検一五号)、大蔵事務官作成の写真撮影報告書(検一三七号)、鹿児島県知事作成の漁船原簿謄本(検一四〇号)、弁護人山口親男作成の報告書(弁九号)、甲山ハナ子撮影の写真一〇葉(弁一〇号)によれば、右第三かささ丸は一〇トン余りの比較的小型の漁船であるが、(3)は犯行後に取り替えたもの、その余は犯行後新たに設置されたもので、いずれも判示第一の犯行当時船上に存在していなかつたものであつて、(1)については右船舶の構造に組み込まれてこれと一体をなすものと認められ、(2)ないし(4)については、いずれも通常の漁船の機能を果たすうえで必要、有益な機器であるから、その従物と認めるのが相当であるが、船舶の本来の機能に照らし必要な従物とまではいえないことが認められ、また、(4)については第三者から借り受けて使用している物と認められるところ、関税法一一八条にいう「その犯罪の用に供した船舶」とは、その規定の趣旨に照らしてもその犯行の時点で存在していた船舶の従物を除くと解すべき理由は見当たらないものの、刑罰として没収を科する趣旨に照らすと、本件程度の規模の船舶を前提とするときは、犯行後に付加されあるいは取り替えられた従物(これら自体は犯行の用に供した物とはいえない。)のうち、少なくとも船舶の本来の機能に照らし必要な従物には当たらない物まで没収しなければならないものとすべき積極的理由を見いだしがたいというべきである。そうだとするならば、(1)の操舵機(ラット)は性質上船舶と一体をなすものであり没収の対象に含まれるが、(2)の電気殺魚装置(いわゆる「しいら殺し」)、(3)の魚群探知機(発受信機部分を含む。)及び(4)の補機関は、漁をするのに必要、有益なものであつても、船舶の本来の機能に照らし必要な従物に当たらない以上、また(4)については第三者の所有物と認められる点においても、これらを必要的没収の対象から除外するのが相当であると解する。
(量刑の理由)
本件は、営利の目的で二四〇キログラムを超える大量の覚せい剤を密輸入し、これを所持した事犯であるが、覚せい剤の社会に流す害毒の大きさにかんがみその防圧が叫ばれて久しいのに、一向にその収束を見ない今日において、その供給のほとんどが海外からの輸入によるとされている以上、本件のような密輸入を禁圧することは喫緊の急務というべきであり、密輸事犯に対しては厳しい対処が要請されているのみならず、覚せい剤の密輸入事犯としては空前ともいうべき大量のものであり、これが社会に流布されることになればそれに伴う害悪の大きさは計り知れず(ちなみに、一回の注射による使用量は、通常約0.03グラムである。)、多数の覚せい剤使用者を作出するとともに、これを取り扱う暴力団関係者らにも巨額の不当な利益を帰せしめることになるものであつて、予定どおり売却されたならば、一キログラム当たり約一〇〇万円、したがつて、二億四〇〇〇万円もの収益を挙げうるものであることを考えると、極めて重大かつ悪質な事案というほかはない。本件の主犯者は暴力団△△組組長Bと認められるが、被告人甲野一郎の果たした役割は、相手方と交渉し、密輸入の手筈を整え、資金の受渡し等を行うという積極的かつ重要な内容のものであつて、国内の売り捌きを主として担当した同組幹部組員Aとともに、極めて重要な役割を果たしているといわなければならない。また、被告人甲山二郎は、密輸に関与したのはBや被告人甲野より後であるが、船舶による密輸入の実行行為を担当したもので、一キログラム当たり一〇万円の報酬が予定されており、本件で実際に得た報酬も一三〇〇万円もの高額に上つている。してみると、本件覚せい剤が広く社会に流布される前に発見押収されていること、被告人甲山において借金返済資金に窮していたことが加担の動機となつていること、被告人両名の家族関係、反省、後悔の情などの酌むべき諸事情を考慮しても、前記のとおり未曽有の大量の覚せい剤の密輸入にかかる事案であることなどの点に照らし、その刑責はいずれもまことに重大であるというほかはなく、本件のような事案が再び生ずることを防止する一般予防の見地からも、厳しく対処するほかはないと考えられ、これまでの量刑の実情を勘案して考察するときは、求刑どおり、被告人甲野一郎に対しては無期懲役及び罰金五〇〇万円の、被告人甲山二郎に対しては懲役一五年及び罰金五〇〇万円の各主刑を科するのは、まことにやむをえないと判断する。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小出錞一 裁判官森岡安廣 裁判官松尾嘉倫)